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菓子 其の三 アイスクリーム 

夏の暑い日や、冬の暖かい部屋で食べるアイスクリームの美味しさは格別なものです。

昔、古代の王侯、皇帝は奴隷を使ってまでアルプスの雪や氷を手に入れました。1500年代にイタリアの理学者が硝石を雪や氷に混ぜると温度が下がり、アイスクリームの秘密と美味しさが発見されました。イタリアフィレンツェのメディチ家のカトリーヌ姫がフランス王に嫁ぐ時にアイスクリーム職人を伴ったことからフランスそしてヨーロッパにアイスクリームの美味と秘密が広がりました。

現代では製造技術も進み、手軽に一般庶民が楽しめる冷菓の代表となりましたが、本物の乳製品や材料(果物、砂糖、天然香料等)で作らない人工的な着色、着香、人工甘味料等でコストを低く、ファッション性と
価格の安さで売る製品が多く見られます。質の良い乳製品を、本物の素材を使用して、高性能な機器で技術の高い職人{冷菓のパティシェ}が作り上げるアイスクリームはやはり数段美味しいものです。私たちは昔の王様より美味しいアイスクリームを食すためにも、本物を選びたいものですね。。。

日本では現在1000種以上のアイスクリームがあると言われていますが、厚生省令での分類は乳固形分と乳脂肪分の含有率での分類で、下記の様になっています。

ただしこれは製品の質の良し悪しとは無関係です。アイスクリーム乳脂固形分15%以上、乳脂肪分8%以上アイスミルク乳脂固形分10%以上、乳脂肪分3%以上ラクトアイス乳脂固形分3%以上。冷菓上記以外のものアイスクリームには法令で賞味期限表示を義務付けてはいません。これはマイナス18度以下で保存され、細菌の増殖が少なく、長期保存が可能という意味からです。製造後、購入後には早く食すのも大切です。

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菓子 其の二

豆菓子

豆は古くから世界で又日本でも利用されてきた穀物です。

奈良、平安の時代には大陸との文化交流が盛んになり、唐菓子が日本に上陸、室町から安土桃山時代には茶道の普及もあり、豆類の加工、製菓の基礎が出来たようです。ただ一般の人に豆菓子が食べられるようになったのは江戸時代で、そして明治大正には全盛期を迎えました。豆は菓子のみでなく、携帯食や信仰の供物としても用いられ、庶民の生活で親しまれる菓子になっています。

大豆、あずき、落花生などで日本各地では様々な菓子が作られます。煎る、ゆでる、砂糖、醤油、あめなどで加工するシンプルな菓子ゆえ、素材{原料の良さ}と丁寧な仕事、まじめな職人仕事が味に出ます。味付けに化学調味料や、過度な着色、不自然な着香は本来の原料の質の悪さをごまかすために使われるのは残念なことです。

豆菓子に使われる豆色々大豆黄大豆、青大豆味噌、醤油、きなこの原料になる。国産大豆は外国産に比して、タンパク質が多く美味しい。落花生{ピーナッツ}別名:南京豆油分(脂質)が多くビタミン(B2,E)も豊富、甘味があり世界中で食されている。そのほかに、あずき、黒豆、えんどう豆、そら豆など。。。。。
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菓子 其の一

チョコレート

チョコレートの歴史は4000年とも言われています。最初はカカオの産地の中央アメリカの先住民の苦い飲み物でした。今日のような菓子のチョコレートの歴史はわずか100年程とも言われます。コロンブスのアメリカ大陸発見の結果、様々な作物がヨーロッパに伝えられ、今日の世界の多様な食生活の元になった一つがチョコレートです。

ヨーロッパに最初にチョコラトル{カカオの水の意味}を持ち込んだのはスペインでした。苦い飲み物に砂糖、バニラなどが加わり、イタリア、フランスなどへと広まりました。カカオ豆は収穫後、乾燥、醗酵処理などされ、ココア豆と呼ばれます。ココア豆をすり潰してココアマス、ココアマスを圧搾して分離した油脂がココアバター、お湯に溶かして飲むものがココアになります。ちなみに白いチョコレートは油脂のココアバターを原料に作りますので、茶色ではありません。

菓子としてのチョコレートの進化はイギリス、そして酪農国スイスでミルクと組み合わされ、今や嗜好品の王様に変身しました。ヨーロッパ各地では様々なチョコレートが作られ、日本でも大正時代に製造が始まり、今ではヨーロッパに負けないほどのチョコレート愛好家が多くいます。

チョコレートの効用と誤解どのような食べ物にも良い点、悪い点があります。最近はチョコレートのカカオ・ポリフェノールの効能が騒がれ、また一方ではカロリー摂取や虫歯が出来る、食べすぎると鼻血が出るなどの誤解も多く、私たちは正確な情報の下、質の良い美味しいチョコレートを適度に、カカオの学名のテオブロ・カカオ「神々の食物カカオ」の神秘性、愛らしさや濃厚さなどを感じて楽しみたいものです。

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